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【Java Ring】08. Java Ring が復活しました!

先日のテレビ放送で,Java Ring が無事に復活しました。放送の様子を振り返ります。

 前回の​記事では,​Java Ring 復活の​取り組みが,​朝日放送テレビの​ 探偵!​ナイトスクープ で​取り扱われる​ことになった​ことを​報告しました。

 ​今回は,​その​放送の​裏で​発生していた​技術的な​ことや,​放送後の​反応などを​振り返ります。​ (詳細に​ついては,​意図的に​省略したり,​ボカしている​部分も​あるかもしれません。​わたくしの​サイトは​教育的な​コンテンツ,と​いう​よりは​どちらかと​云うと​エンタメですから,​ご了承ください。​)

はじめに#

 さて,​先日の​放送​(2026 年 7 月 10 日)では,​Java Ring が​無事に​復活し,​わたくし好みの​コーヒーを​自動で​淹れられました。​ 皆々様は​見ていただけたでしょうか。

 この​依頼を​応募したのは​昨年末の​ことでしたから,​放送までに​半年以上の​準備期間​(と​云っても,​ほとんどなにもしていないですが)が​ありました。​ 実際に​放送されるまでの​間に​どのような​ことが​あったのか,​そして,​放送後の​反応は​どうだったのか,​私に​届いた​範囲で​振り返ってみる​こととしましょう。

謝辞#

 Java Ring の​復活に​あたっては,​本当に​多くの​方々に​ご協力いただきました。

 実際に​ Java Ring を​開封してくださったまつ​おーじさんに​加えて,​ 一緒に​番組に​出演してくださった​ 櫻庭祐一さん石原直樹さん大山 弘樹さん,​ 末次朝彦さん,​ 岩切晃子さん。​ 見学席で​見守っていただいた​木村聡さん,​リモートで​収録に​参加してくださった首藤一幸さんにも,​多大な​ご協力を​いただきました。

 さらに,​この​裏では​ Miko Matsumura さん,​Tim Lindholm さんを​はじめ,​ かつて​ Java Ring の​開発に​携わった​チームの​方​々,​Dallas Semiconductor の​元社員の​方々にも,​ 技術的な​情報,​当時の​資料,​そして​貴重な​助言を​提供していただきました。

 ここに​お名前を​挙げきれなかった​方​々も​含め,​本当に​多くの​方の​知識,​記憶,​資料,​そして​熱意に​支えられ,​ 長い​あいだ​眠っていた​ Java Ring を​再び動かすことができました。

 そして​ Java Ring を​追い​かけていたら,​ 気づけば​当時の​開発者や​関係者の​方々と​次々に​つながっていました。​ 正直,​Ring が​動いた​ことと​同じくらい,​この​ご縁の​広がりにも​驚いています。

 ご協力くださった​すべての​皆さま,​本当に​ありがとう​ございました。​ これからも,​ぜひよろしく​お願い​いたします!

復活の​無謀さと​可能性 ― 成功#

 さて,​技術的な​話に​戻りましょう​(この​ブログの​ジャンルは​エンタメなのです)。

 Java Ring を​復活させよう,​電池を​交換しよう,と​いうのは​簡単に​言える​ことですが,​実際に​やると​なると​かなり​大変です。​ 指輪の​内部​構造が​全く​わからない​上に,​その​中には​絶対に​傷を​つけてはならない​基板が​入っています。​ なんなら​指輪と​ iButton を​分離できるかも​アヤシイです。​ このような​貴重な​ものを​私が​開けてしまって​(=壊してしまって)​よいのか,と​いう​後ろめたさも​ありました。

 ​これは​もの​づくり全般に​言える​ことですが,​何かを​直すためには,​そのことに​ついて​体系的な​知識が​必要です。​ 情報が​知識と​して​リンク指定ない​状態で​試しても,​トラブルが​発生した​ときに​手も​足も​出せないでしょうし,​第一それは​ Java Ring に​対して​失礼です。

 ​そこで,​インター・ネットを​活用して,​今ある​情報を​すべて​集め,​読み込むことで​知識を​作る​ことにしました。

集めた資料

 ​調べていく​と,​段々と​ Java Ring の​内部​構造が​見えてきました。

先人が​やった​こと#

 まず,​Sean Haughian 氏に​よるiButton の​電池交換に​関する​レポートを​発見できたのが​大きかったです。​ 実際の​内部​構造や,​電池交換の​手順が​写真や​注意点​付きで​解説されており,​これを​参考に​すれば,​Java Ring の​電池交換も​できるのではないか,と​いう​希望が​見えてきました。​電池に​関しても​ 1225 系の​ボタン電池が​使われている​ことが​書かれており,​この​情報は​大変​助かりました​(早速,​BR1225 を​発注しました!)。

 一方で,​Sean 氏の​方法では​ iButton の​側面4箇所を​グラインダで​切って​開けていますが,​これではもとに​戻せそうに​ありません。​ ​「この​部分を​ 2mm 以上​削ってしまったなら,​新しい​ iButton を​買った​ほうが​良いでしょう。」と​いう​記述も​あり……​これは​困りました。​ 全く​別の​方法を​考えた​ほうが​良さそうです。

JVM の​居場所#

 一番​大きな​争点は,JVM が​ EEPROM の​中に​入っているのか,​それとも​ NVRAM の​中に​入っているのか,と​いう​ことです。​ もし NVRAM の​中に​居るのなら,​おそらく​カプセルを​開けた​瞬間に​電源が​切れてしまい,​吹っ飛んでしまう​ことでしょう。

 ​私が​得た​文献の​うちの​一つであるJAVA RING(おそらく​バチェラの​レポートです)では,​ ​「Java Ring には​ 32KB の​ ROM が​搭載されており,​JVM は​その​中に​入っている。」との​ことでした。​ 一方でKingpin, A Practical Introduction to the Dallas Semiconductor iButton™ では​「6 kB の​不揮発性 RAM と​ 64kB の​ ROM は,​プレ・ロードされた​ JVM に​十分な​メモリ​空間を​確保する」などと​書いてあります。

 致命的とまでは​いきませんが,​両者の​情報は​微妙に​食い​違っています。​ RAM と​ ROM が​ある​ことは​確かなのですが,​これでは​ JVM が​どちらに​居るのか​(または​その​両方に​分割されているのか;容量を​考えたら​十分​これも​あり得ます),​ 恐らく​ ROM の​ほうに​ある…とは​思いますが,​確証は​得られていませんでした。

 私は​このような​状態で​撮影に​望みました。​ 撮影当日には​ Dallas や​ Java Ring チームの​方々は​いらっしゃいませんでしたが,​その​知見を​授けられた​大人た​ちがいらっしゃいました。​ そして​その​大人た​ちが口を​揃えて​「JVM は​ RAM の​方に​入っているんじゃないか!」と​云うわけです。

 あの​ときほど​焦ったような​ことは,​滅多に​ありません​(試験開始後に​筆箱を​忘れた​ことに​気づいた​ときですら,​もう​少し​冷静だった​気が​します)。​ たしかに,​当時の​ことを​考えると​それは​十二分に​あり得ます。​ROM 上の​小さな​ブート・リーダが​ NVRAM 上の​ JVM を​起動するように​すれば,​ 製品シリーズ間の​差異を​吸収して​同じ​チップを​使い回せます。​カスタマイズを​容易に​する​ためにも,​そうする​ほうが​むしろ合理的なように​思えます。

 ​そんな​ことを​ぼんやり​考えつつも,やはり​ ROM に​居る​可能性を​捨てきれないでいると,​ついに​開封に​成功しました。​ 電池の​交換にも​無事成功し,​接続を​試した​ところ,​なんと​応答が!

 ​これは​いける,と​思ったのも​束の間。​なんと​ CRC​(Invalid Signature)​エラーが​発生して,​プログラムの​書き込みが​できませんでした。​ 書き込みに​必要な​ MasterPIN も​吹っ飛んでしまっていたのでしょう​(これは​後に​必要が​なかった​ことが​分かりました)。​ その​後​全員で,​考えうる​ MasterPIN の​候補を​試しましたが,やはり​結果は​同じです。​ やはり,​JVM は​ ROM に​居るのかもしれません。

 さて,​スタジオでの​撮影が​終わった​あと,​家に​帰った​私は​早速いろいろな​ことを​試し始めました。​ 3 ​日ほど​試行錯誤した​結果,​ついに​プログラムの​書き込みまで​成功し,​さらに​(電源断後の)​プログラム実行も​成功しました。​ なんと​ JVM は​ NVRAM に​居たのです!

放送を​うけて#

 さて,​この​番組が​放映されると,​Twitter や​ Facebook,​その​他メディアでも​ JavaRing や​ Java が​取り上げられました。​ Java 好きと​しては​大変うれしい​ことです。

ニュース記事に#

 なんと,​Oricon ニュースを​はじめ,​情報提携を​している​いく​つかの​ニュース・​サイトに​同時配信されてしまいました。​ 内容は​同じですが,​こうしていろいろな​ところに​拡散されると,やはり​嬉しい​ものですね。

さらに,​放送後に​新たな​記事も​書いていただきました​:

ブログ記事も​読ませていただきました#

 今回,​収録に​参加してくださった​岩切さんが,​Java Ringと​1998年の​ JavaOne に​ついて,​ そして​ Developers Summit 誕生の​裏側に​ついて​記事を​書いてくださいました。

 JavaOne と​ VBITS が​サンフランシスコで​隣り合って​開催され,​Java と​ Microsoft が​街ごと​バチバチに​やり合っていた​時代の,​ 大変面白い​誕生秘話が​書かれています。​  当時の​JavaOneの​空気や,​デブサミが​なぜ今の​形に​なったのかが​分かる,​非常に​面白い​記事です。​こちらも​ぜひ​読んで​みてください。

さい​ごに#

 30 年近く​もの​あいだ​眠っていた​ Java Ring が,​再びプログラムを​動かせるようになった​ことを,​大変うれしく​思います。

 本日​公開された​ The Java Story では,​Java の​「Write once, Run forever」と​いう​側面が​紹介されました。

 今回の​ Java Ring の​復活は,まさしく​その​言葉を​体現する​出来事だったのではないでしょうか。​30 年前に​作られた​小さな​コンピュータが,​失われかけた​資料や​ソフトウェア,​そして​当時を​知る​方​々の​記憶に​よって​再び​動き出しました。​Java で​書かれた​プログラムが​時代を​越えて​走り出す様子には,なかなか​不思議な​感動が​ありました。

 Java Ring は​復活しましたが,​これで​終わりでは​ありません。​ これからも​ Java の​技術に​触れ,​昔の​ものも​新しい​ものも​面白がりながら,​いろいろな​ことを​試していきたいと​思います。

まとめ#

 いかがでしたか。

 この​記事では,​探偵!​ナイトスクープで​ Java Ring が​復活した​こと,​そして​その​裏側で​起きていた​技術的な​話や,​放送後に​いただいた​反応に​ついて​振り返りました。​ 正直な​ところ,​ここまで​たくさんの​方に​見ていただき,​記事に​していただき,​昔の​ Java や​ Java Ring の​記憶を​共有していただけるとは​思っていませんでした。

 次回は,​放送の​ために​急ごしらえした,​ちょっと​カッコイイ表示画面の​裏側に​ついて​書こうと​思います。​ 余裕が​あったら​ Java Ring 本体の​技術的な​ことに​ついても​触れるかもしれません。

 ではでは。

前回: 【Java Ring】07. ナイトスクープにて,​お会いましょう!
次回: なし